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東京高等裁判所 昭和25年(う)74号 判決

被告人

田村睦雄

外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を静岡地方裁判所に移送する。

理由

被告人市川庄三の弁護人室伏礼二の控訴趣意書第一点は原審の訴訟手続の違法を主張するものであるところ、原審第一囘公判調書の記載によれば原審裁判官は検察官の起訴状朗読後被告人両名に対し権利保護の為の必要事項を告げた上被告事件につき陳述すべきことがあるかどうかを問うたところ各被告人は「別にありません強盗の点も大体この通りですが違つている点もあります」と述べ各弁護人は恐喝の点は争わないが強盗の点については争う旨陳述した後、裁判官は証拠調に入る旨を告げ検察官は所論の如き証拠の取調を請求したのに対し各弁護人よりその一部につき異議を述べた為裁判官は該異議にかゝる分の証拠の取調を留保する旨宣しその余の証拠の取調の請求に対しては何等の決定をなすことなく、直ちに被告人両名に対し犯罪事実に対し具体的に且詳細な質問を為しその供述を求めていること洵に所論の通りである。云うまでもなく新刑事訴訟法は旧法に於けるような被告人尋問の制度を廃した。即ち刑事訴訟法第二百九十一条第二百九十二条に依れば起訴状朗読後裁判長は被告人に対しいわゆる権利保護の為必要な事項を告げた上被告人及び弁護人に陳述の機会を与えるべく、その後は直ちに証拠調に入ることとなつている。而して右の陳述の機会は主として被告人の利益のために与えられるものであるから被告人及び弁護人は此の機会に於て管轄に関する申立や忌避の申立等手続上の申立は固より公訴事実の認否犯罪の成立を阻却すべき事由等実体上の主張を為し得ることは勿論である。又此の機会に裁判長より被告人に対し公訴事実の認否を質しその争点を明ならしめることも亦許されなければならない。併し乍らそれ以上に右の限度を越えて被告人に対し質問を為し、その陳述を求めることは未だ此の段階では許されないと解さねばならぬ。何となればかゝる質問に対しては被告人は詳細な自白を為す場合が多いのに被告人が任意に陳述する限り之はそれ自体一の証拠となるのであるが、同法第三百一条に依れば被告人の自白たる証拠の取調の請求についてはその時期について制限を設け犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調を請求することができないとして裁判官に事件につき予断を抱かしめることを防止せんとしており、かゝる規定の精神よりすれば証拠調の為される以前に被告人の自白を内容とする供述を導く因となる如き質問を許すことは刑事訴訟法は予定していないものと解すべきであるからである、尤も同法第三百十一条第二項は被告人が任意に供述する限り裁判長は何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができると規定しているが、その意は証拠調の前後を問わず自由に為し得るものと云うのでなく、少くとも証拠調に入る前は前記争点の整理に必要な程度に限定せらるべきものと解すべきことは他の規定との対照上自ら明である。然るに本件につき、原審裁判官は前示の如く起訴状朗読後各被告人に対して公訴事実についての認否を質した後一旦証拠調に入る旨宣し乍ら何等の証拠調を為すことなく再び被告人等に向つて本件犯罪の動機態様犯罪後の情況等より家庭の事情、学歴、前科の有無等情状に関して質問を為し犯罪事実については、その重要部分に於て被告人等に不利益な供述たる自白が得られたものであつて、かゝる審理の過程に於て、裁判官は動かすべからざる心証を形成して行つたものと見るべきものである。此の如きは全く旧法に於ける被告人訊問と択ぶところがなく、新法が之を一擲し而も被告人の自白の取扱いに付慎重を期した精神に反するものでその訴訟手続は違法と断ぜざるを得ない。而もかゝる違法の手続によつて得られた被告人等の供述を原審がその事実認定に供したことは原判決自体に明であるから結局右違法は判決に影響あるものと云わなければならず、此の点に於て論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

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